シロリムス

シロリムスはどんな薬ですか?

シロリムス(別名:ラパマイシン)は、mTORエムトール(mammalian Target Of Rapamycin)阻害剤として知られている薬剤で、過剰な細胞さいぼう増殖ぞうしょく血管けっかん新生しんせいに関わる遺伝子の働きを途中で止める(阻害する)働きを持ち、血管腫・血管奇形(脈管奇形)への有効性が期待されています。病気そのものを縮小させる、あるいは疾患によって起こる症状を緩和させる効果があると考えられています。

どんな血管腫・血管奇形(脈管奇形)に有効ですか?
どんな効果が期待されますか?

2010年以降、世界中で様々な血管腫・血管奇形(脈管奇形)にシロリムスが投与された経験が蓄積され、たくさんの文献で高い治療効果が報告されています。

血管性腫瘍の縮小カサバッハ・メリット現象(血小板減少による紫斑などの出血症状)の改善、消失や、静脈奇形、リンパ管奇形(リンパ管腫、リンパ管腫症、ゴーハム病)、混合型脈管奇形、クリッペル・トレノネー症候群などの脈管奇形の痛みや出血の改善、リンパ液の漏れの改善などや、病変の縮小、凝固障害の改善などを認めています。その他の疾患(毛細血管奇形、動静脈奇形など)に関しての報告は少なく、まとまった報告がないため、まだはっきりとした治療効果がわかっていません。

現在、保険適応となっている疾患を教えてください。
またその期待される効果を教えてください。

シロリムスの有効性が報告されている代表的な疾患

血管性腫瘍
脈管奇形
  • 静脈奇形
  • 青色ゴムまり様母斑症候群
  • リンパ管奇形(嚢胞性リンパ管奇形、リンパ管腫症、ゴーハム病、リンパ管拡張症)
  • 混合型脈管奇形
  • クリッペル・トレノネー症候群
  • 動静脈奇形(少数例の報告のみ)

2024年1月に、「ラパリムス錠1㎎(ノーベルファーマ株式会社)」の効能・効果が追加され、「難治性リンパ管疾患(リンパ管腫、リンパ管腫症、ゴーハム病、リンパ管拡張症)」のほか、血管内皮腫、房状血管腫静脈奇形、青色ゴムまり様母斑症候群混合型脈管奇形、クリッペル・トレノネー・ウェーバー症候群」に対しても承認されました!!

これまでの治験(2017年に開始したSILA治験※)、臨床研究での投与経験からは、リンパ嚢胞など病変の縮小が数ヶ月から1年で約30−50%の症例に認めていました。また病変部位がやわらかくなったり、リンパ液の漏れ、胸水、腹水などの改善、消失、痛みや出血の改善、細菌感染などを起こす頻度が減るなどの効果を認めています。

中には1年以上投与しても、シロリムスの治療効果を認めなかった症例もあり、個人差が大きいです。また効く症例、効かない症例の違いもまだわかりませんし、投与開始時の年齢、前治療歴などの影響についても、今後の検討が必要です。

SILA(Sirolimus for Intractable Lymphatic Anomalies)治験:難治性リンパ管疾患に対するシロリムスの有効性及び安全性を検討する多施設共同第Ⅲ相医師主導治験

2024年現在、承認されている疾患

難治性脈管腫瘍及び脈管奇形

  • リンパ管腫(リンパ管奇形)
  • リンパ管腫症
  • ゴーハム病
  • リンパ管拡張症
  • 血管内皮腫
  • 房状血管腫
  • 静脈奇形
  • 青色ゴムまり様母斑症候群
  • 混合型脈管奇形
  • クリッペル・トレノネー・ウェーバー症候群

「難治性リンパ管疾患に対するNPC-12T(シロリムス)の有効性及び安全性を検討する多施設共同第Ⅲ相医師主導治験」の対象疾患は、嚢胞性リンパ管奇形、リンパ管腫症、ゴーハム病。
(2024年1月記載)

現在の治験の実施状況と、
今後の保険適応拡大の予定を教えてください。

2020年から開始した治験(SIVA治験)が2022年に終了し、その結果を基に、血管性腫瘍であるカポジ肉腫様血管内皮細胞腫房状血管腫、脈管奇形である静脈奇形青色ゴムまり様母斑症候群混合型脈管奇形クリッペル・トレノネー・ウェーバー症候群に対するラパリムス錠適応拡大、およびラパリムス顆粒リンパ管奇形(嚢胞性リンパ管奇形、リンパ管腫症、ゴーハム病)の薬事承認が2024年1月に正式に下りました。

SIVA(Sirolimus for Intractable Vascular Anomalies)治験:難治性の脈管腫瘍・脈管奇形(*)に対するNPC-12T(顆粒剤・錠剤)の有効性及び安全性を検討する多施設共同第Ⅲ相医師主導治験(*血管腫・血管奇形、脈管奇形のこと)

シロリムスの実際の投与、
スケジュールなどを教えてください。

シロリムス

シロリムス(ラパリムス錠)は添付文書に沿って、1日1回、決められた用量を内服します。内服後7−10日間で体内の薬の濃度が安定しますので、その時期に採血にて血中濃度を測定し、個々の患者さんの血中濃度が適切かを確認します。内服前の濃度を測らないといけないので、その日は採血後に内服するようにしてください。

投与を開始する前に、以下のことを確認します。

診断

適応疾患であること

治療前の病気の評価

病気の大きさなどをMRI、超音波検査などで正確に測っておきましょう。治療の効果があったかどうかの判定や治療を続けるかどうかの判断に必要です。

現在の内服薬

ラパリムスを内服中は、併用を注意しなければならない薬があります。

起こりえる副作用

口内炎、ニキビ様の皮疹、高脂血症など、副作用を確認します。

(主治医の先生はラパリムス錠の添付文書の注意書きなどをよく読んでご処方下さい)

「ラパリムス錠」による治療の実際

効能、または効果

難治性脈管腫瘍及び脈管奇形

  • リンパ管腫(リンパ管奇形)
  • リンパ管腫症
  • ゴーハム病
  • リンパ管拡張症
  • 血管内皮腫
  • 房状血管腫
  • 静脈奇形
  • 青色ゴムまり様母斑症候群
  • 混合型脈管奇形
  • クリッペル・トレノネー・ウェーバー症候群

通常、シロリムスとして、体表面積が1.0㎡(平方メートル)以上の場合は2mg、1.0㎡未満の場合は1mgを開始用量とし、1日1回経口投与する。以後は、血中トラフ濃度や患者の状態により投与量を調整するが、1日4mgを超えないこと。

  • 体格に応じて1mg(1錠)、2mg(2錠)で開始
  • 薬物血中濃度を測定し、適宜、増減
  • 外来通院で治療可能。(症状によって変わります)
  • 顆粒剤、小児への投与量については添付文書を参照してください

シロリムス使用方法

どんな副作用がありますか?
起こった場合の対処法なども教えてください。

口内炎

一番起こることが多い副作用です。口の中(口腔粘膜)、舌のびらん、潰瘍、出血、痛みが起こります。起こったとしても、服薬継続のままでも1週間程度で治まることがほとんどです。また投与期間が長いと、頻度が減るとも言われています。

口内炎が起こらないように、口腔内を清潔に保つことが重要です。傷がつかないように優しいブラッシングを心掛けましょう。(歯ブラシはやわらかめで)また十分な保湿をしましょう。口内炎の刺激にならない水(500mlのペットボトルに小さじ1杯の食塩で作る生理食塩水)での保湿、うがいがお勧めです。また刺激の強い食べものを避けましょう。

起こったら、うがい薬(アズノールうがいなど)、ステロイド軟膏(アフタッチ、デキサルチン)などで治療されることがあります。病院では口内炎のセルフケアに関する冊子を用意しています。

ざ瘡様皮疹(ニキビに似た皮疹)

思春期、若年成人に起こりやすく、小児の患者さんはほとんど起こりません。毛穴に一致したニキビのような皮疹で顔面だけでなく、体、四肢に起こることもあります。

通常のニキビと同じように、洗顔などで皮膚を清潔に保つことなど、スキンケアが重要です。ステロイド、抗菌薬、保湿剤などで治療します。ひどい場合は、皮膚科に相談しましょう

脂質異常

血液検査で中性脂肪(TG)コレステロール(CHO)が上昇することがあります。多くが一時的で無治療で改善しますが、抗脂血症薬などでコントロールすることもあります。主治医の先生の指示に従って下さい。

感染症

免疫抑制剤なので、免疫力が低下する恐れがあります。実際は、通常の感染症にかかる頻度や程度はほとんど問題が無いことが多く、日常生活に支障を来すことも稀です。病気の状態や合併症、併用薬(ステロイドなど他の免疫抑制剤)の状況によっては注意しなければなりません。またワクチンの接種や、通常通りの感染予防、対策も必要なことがあります。主治医の先生と対策を相談しましょう。

その他、体液貯留間質性肺疾患創傷治癒不良アナフィラキシー進行性多巣性白質脳症などの副作用が確認されています。頻度が少ないものばかりですが、注意が必要です。

投与中に他の治療との併用は可能ですか?
ワクチンは打てますか?

シロリムス

高血圧症の治療薬や抗生剤などの中でシロリムスと同じ代謝酵素(CYP3A4等)によって代謝される薬と一緒に服用すると、シロリムスの血中濃度が高くなる可能性があるため、併用に注意が必要です。またグレープフルーツジュースなどもシロリムスの血中濃度が上がると言われています。逆に、抗てんかん薬の一部と一緒に服用するとシロリムスの血中濃度が上がらない薬もあります。内服前にこれらの併用薬と一緒に飲んでいないか、添付文書に具体的な薬剤名が記載されていますので、主治医の先生や薬剤師によく相談してください。

ほとんどのワクチンは接種できますが、生ワクチン乾燥弱毒生麻しんワクチン、乾燥弱毒生風しんワクチン、経口生ポリオワクチン、乾燥BCGなど)は、シロリムス投与中に接種することは出来ません。もし接種しなければならないタイミングであった場合は、主治医の先生と相談しください。病状が安定していれば、接種前後2週間を休薬し、接種をすることをお勧めしています。

治療はいつまで続けるのですか?

いつまで続けるかは、患者さんの状態によって変わるため、一概には言えないです。投与を始める前に、「治療の目標地点」をあらかじめ設定しておくと良いかもしれません。例えば、出血や痛み、リンパ漏など日常生活で困っている症状がどのくらいになったら、内服をやめる、あるいは減量するなどです。中止した後、症状が再燃することもあります。その場合は、再度投与すれば、同じように効果が出ることが多いです。薬の量は、ずっと同じ量でなくても、症状が良くなれば、2錠を1錠、1錠を1日おきにするなど、減量を試みてもよいでしょう。

残念ながら、半年、1年と内服しても効果が得られない場合もあると思います。中には1年以上経過した後、症状の改善を認めることもあるので、副作用が許容範囲であれば、そのまま継続して頂くのもいいと思います。副作用が強く出ていたり、これ以上内服しても改善が無いと判断した場合は、一度中止されるのが良いと思います。その後、副作用が軽くなり、内服中は症状が落ち着いていたと判断されたら、治療の再開を検討いただくのが良いと思います。

いずれにしても、シロリムスは病気を治癒するものではなく、症状の緩和剤」だと考えて頂くのがいいと思います。病気と上手に付き合っていくためにあなたの中で最適な治療法を見つけてください。

参考文献

  • Adams DM, Trenor CC 3rd, Hammill AM,et al: Efficacy and Safety of Sirolimus in the Treatment of Complicated Vascular Anomalies. Pediatrics. 137: e20153257, 2016
  • Strychowsky JE, Rahbar R, O’Hare MJ et al: Sirolimus as treatment for 19 patients with refractory cervicofacial lymphatic malformation. Laryngoscope. 128: 269-276, 2018
  • Freixo C, Ferreira V, Martins J, Almeida R, Caldeira D, Rosa M, Costa J, Ferreira J. Efficacy and safety of sirolimus in the treatment of vascular anomalies: A systematic review. J Vasc Surg. 2020 Jan;71(1):318-327.

患者さん、ご家族3名の
インタビューを見る

シロリムス治療経験者のご家族3名のインタビューをご紹介します。
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発展編

“血中濃度”ってどういう意味ですか?
どうして重要なのですか?

血中濃度とは血液内に入っている薬の量、体内の濃度を表しています。経口投与されたシロリムスなどの薬は、腸で血液中に吸収され、全身に運ばれて、目的部位(血管腫・血管奇形(脈管奇形)の病気のところ)で効果を発揮します。薬を処方箋通り服薬したとしても、年齢や体格、食事内容(高脂肪食は血中濃度が増加します)、薬を吸収する能力、腎臓や肝臓の働き具合、併用薬の働きなどによっても血中濃度は変動します。

血中濃度を測定することで、薬の吸収や代謝の違う患者さんでも、薬が病気のところにどのくらい届いているかの目安になります。目標よりも低すぎる場合は、効果が出なくなることがあります。血中濃度が高いのに実際の効果が無い場合は、薬としては効いていないということになります。また高いとき、副作用が出るリスクが高まることも知られています。そのため、目標よりも高すぎる場合は、薬を減量するなど、調整をした方がいいです。このように、血中濃度は治療の効果や、副作用などを判断する指標に使っています。

血管腫・血管奇形(脈管奇形)に対するシロリムス療法では、シロリムスを飲み始めて7から10日間で体内の濃度が安定します。毎日の内服前の血中濃度(トラフ濃度と呼んでいます)が5から15ng/mlの濃度になるように治験では調整していました。実際は、この濃度に到達していない患者さんでも、すごく良く効いている方もおられました。また高い濃度でも副作用が全く無かった方もおられました。あくまでも治療の一つの目安として使っています。

シロリムス血中濃度

シロリムスが開発された経緯、
治験などの進捗を教えてください。

1972年にイースター島の土壌から発見された放線菌から初めて単離され、当初は抗真菌薬として開発されていましたが、mTOR阻害能によって強力な免疫抑制作用と抗増殖作用を示すことが発見され、1999年にアメリカで免疫抑制剤として認可されました(商品名:ラパミューン、ファイザー株式会社)。日本では2014年にリンパ脈管筋腫症の治療薬として、ラパリムス錠がノーベルファーマ株式会社から発売されました。また2021年9月には難治性リンパ管疾患(リンパ管腫、リンパ管腫症、ゴーハム病、リンパ管拡張症)が適応追加になりました。

2009年に静脈奇形の体細胞遺伝子変異の発見と並行して、シロリムスが脈管異常に有効ではないかと考えられ、2010年頃より臨床試験が次々と行われ始めました。2018年に米国のシンシナティ小児病院とボストン小児病院が行った試験の結果、非常に高い有効性と安全性が示されたため、世界中からさらに注目が集まりました。その報告では、難治性血管腫・血管奇形(脈管奇形)に対し、6ヶ月時点で57例中47例(83%)に有効性を認め、有効例は病変の縮小や臨床症状の改善、生活の質(quality of life、QOL)の改善を認めていました(Pediatrics 2016)。国内の報告では、19例中17例(89.5%)は何らかの臨床症状の改善を認め、画像上、病変の縮小を認めたのは、16例中(画像評価可能な例)の10例(62.5%)でした。

また、2020年に過去の73文献より373症例(162血管性腫瘍、211脈管奇形)についてまとめたレビュー論文(過去の論文、著作物をまとめて総合的な判断をする論文)があります。317例の経口薬と56例の外用剤について、平均8.5ヶ月の治療期間で評価したところ、血管性腫瘍(121例)では90.1%に腫瘍縮小が得られ、カサバッハ・メリット現象も95.5%の症例に平均13.7日で改善を認めました。静脈奇形(10例)、リンパ管奇形(108例)、混合型脈管奇形(18例)についても7-9割の症例に症状の改善を認めました。効果発現までの期間も7日以内が35.7%、14日以内が64.3%と早かったです(J Vasc Surg 2020)。

小関道夫は2014年にISSVAの国際学会でそのシロリムスの効果に驚き、当時、岐阜大学でどんな治療を施しても効果がなかった、リンパ管腫症の患者さんに、初めてmTOR阻害剤(当時はエベロリムス)を投与しました。それが劇的な効果を示したため、他の血管腫・血管奇形(脈管奇形)の患者さんに対する臨床研究を開始しました。その後、シロリムス(商品名ラパリムス)の製造販売元のノーベルファーマ株式会社と提携し、2016年に日本医療研究開発機構(AMED)の研究費を獲得し、「難治性リンパ管疾患に対するNPC-12Tの有効性及び安全性を検討する多施設共同第Ⅲ相医師主導治験」を実施しました。そこで、高い治療効果と安全性を証明し、2021年9月に世界初で難治性リンパ管疾患に対する薬事承認を得ることができました。

その当時、ラパリムスの剤型はこれまで錠剤のみでしたが、本疾患は乳幼児も多いため、内服しやすい剤型として顆粒剤もノーベルファーマ株式会社と開発しました。さらに2歳未満の患者さんは薬物の代謝能力が低いだけでなく、体格に応じた細かい投与量設計が必要なため、シンシナティ小児病院の臨床薬理部門と日本人の母集団薬物動態解析などを行い、乳幼児の用法用量を設計しました。また、2019年より幅広い疾患を対象とした「難治性の脈管腫瘍・脈管奇形に対するNPC-12T錠及びNPC-12K 顆粒剤の有効性および安全性を検討する多施設共同第Ⅲ相医師主導治験」を実施しました。無事、良好な結果が得られたため、厚生労働省に薬事承認申請を行ったところ、2024年1月に正式に効能・効果の追加、および顆粒剤が承認されました。

またシロリムス外用剤としてゲル剤を用いた「脈管異常の皮膚病変に対するシロリムスゲルの多施設共同、プラセボ対照、二重盲検、無作為化、並行群間比較医師主導第II相治験」も実施されました。研究結果を元に、今後さらに開発が進められることが期待されます。

(2024年1月現在)